
金利差は縮んだのに、円は39年ぶりの安値をつけた
2026年9月17〜18日、日銀は金融政策決定会合を開きます。市場が織り込む追加利上げの確率は、7月会合の直前には3割程度だったものが、8月には8割近くまで跳ね上がりました。ところが日銀自身は「物価のために利上げする」と説明しており、市場は「円安を止めるために利上げする」と読んでいます。このズレが、9月以降の相場を動かします。
次回の決定会合9月17〜18日
7月の国内企業物価前年比+7.2%
日本の10年国債利回り2.93%(8月28日)
- 日銀の政策金利は2026年6月に1.0%へ引き上げられ、1995年以来31年ぶりの水準になりました。7月会合では据え置きでしたが、投票は8対1で、1人が1.25%への引き上げを主張しています。
- 9月利上げの市場の織り込みは、7月会合直前の約3割から8月には一時8割近くへ急上昇しました。転換点は7月末の円買い介入とみられる動きです。
- 日米の政策金利差は2年半で2.65ポイント縮みました。それでも7月30日には1ドル=163円台という約39年8か月ぶりの円安水準をつけています。金利差だけでは説明がつきません。
- 「円安を止めるための利上げ」は、日銀が公式には認めていない説明です。この認識のズレ自体が、今後のドル円を動かす材料になります。
政策金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)
銀行同士が翌日返す約束で資金をやりとりするときの金利です。日銀はこの水準を「1.0%程度」といった形で誘導します。住宅ローンの変動金利や企業の借入金利は、ここを起点にして決まっていきます。
金融政策決定会合
日銀が政策金利などを決める会議で、年8回開かれます。9人の政策委員による多数決です。「全員一致だったか」「誰が何を主張して反対したか」は、次回の政策を読むうえで欠かせない情報になります。
OIS(オーバーナイト・インデックス・スワップ)
将来の政策金利の平均水準をやりとりする金融取引です。ここで付いている価格を逆算すると、「市場は次の会合で利上げがある確率を何%と見ているか」が数字で読み取れます。ニュースで「市場は9月利上げを8割織り込んだ」と言うとき、その根拠は多くの場合この市場です。
為替介入
政府(財務省)が判断し、日銀が実務を担って、外国為替市場で通貨を売買することです。円安を止めたいときは、保有するドルを売って円を買います。判断するのは日銀ではなく政府である点が、意外に知られていません。金融政策とは別の道具です。
中立金利
景気を熱くも冷たくもしない、ちょうど中間の金利水準のことです。日銀が2026年3月に示した名目の中立金利は1.1〜2.5%というレンジでした。現在の政策金利1.0%は、この下限にも届いていません。つまり日銀の立場では、いまは「まだ緩和的」ということになります。
17月から8月にかけて、市場の見方が急変した
日銀は2026年6月15〜16日の会合で、政策金利を0.75%から1.0%へ引き上げました。1995年以来、31年ぶりの高さです。決定は7対1で、浅田統一郎委員が反対しています。反対の理由は、物価の上振れリスクよりも生産・雇用の下振れリスクのほうが大きい、というものでした(このとき植田総裁は入院により欠席)。
続く7月30〜31日の会合は据え置きでした。ただし投票は8対1で、今度は反対の向きが逆になります。高田委員が1.25%への引き上げを求めたのです。同時に公表された展望レポートでは、2026年度の物価見通しが2.8%から2.5%へ引き下げられた一方、2027年度は2.3%から2.4%へ引き上げられました。目先は落ち着くが、先は上振れる、という形です。
図3のとおり、7月会合の直前に3割程度だった9月利上げの確率は、8月中旬には一時8割近くまで上昇しました。50ポイント近い変化です。何が起きたのでしょうか。
2転換点は、7月末の「介入とみられる動き」だった
2026年7月30日、東京市場が閉じたあとのニューヨーク時間に、ドル円が急落しました。前日午後5時比で3円67銭の円高です。この日の朝方は163円台という、約39年8か月ぶりの円安水準にありました。日銀が公表するその日の東京市場終値は163円73〜74銭です。
当局は介入の有無を確認していませんが、市場では日米協調による円買い介入との観測が広がりました。円先物の取引量が急増するという、介入時によく見られるパターンが確認されたためです。この年、政府はすでに4月末と5月上旬にも円買い介入とみられる動きを行っており、報道ベースの介入総額は27兆円規模に達しているとされます。
重要なのは、市場がここから連想を働かせたことです。政府がここまで踏み込んで円安を止めにきたのなら、日銀も歩調を合わせて早期に利上げするのではないか。この推測が、OIS市場の織り込みを一気に押し上げました。8月13日には7月の国内企業物価指数が前年比+7.2%と発表され、8月27日には氷見野副総裁が物価上昇リスクを意識する姿勢を示しています。
日本の外貨準備は1兆ドルを超えますが、その多くは米国債などで保有されており、すぐに売れる形の外貨預金は2026年5月末時点で1,622億ドルにとどまります。介入で使える弾には上限があり、しかも使えば減ります。だからこそ市場は「介入だけでは持たない。最後は金利で対応するしかない」と考えるわけです。
3金利差は縮んだのに、円は最安値を更新した
ここが、この2本組でいちばん説明したかった部分です。
前編で見たとおり、米国は2024年秋から2025年末にかけて利下げを重ね、日本は逆に利上げを重ねました。その結果、日米の政策金利差は2024年3月の5.40ポイントから、2026年8月時点で2.75ポイントまで縮んでいます。半分近くまで縮小した計算です。
為替の教科書に従うなら、金利差が縮めば円は買われるはずです。ところが実際には、この間に円はむしろ弱くなり、7月30日には1986年以来の水準まで売られました。
金利差以外に効いている3つの力
なぜ教科書どおりにならないのか。市場で挙げられている理由は、おおむね次の3つに整理できます。
- 財政への懸念。高市政権の拡張的な財政政策が、通貨の信認という面から円の重しになっているとの見方があります。日本の10年国債利回りは8月28日時点で2.93%と、1年前から1.3ポイント上昇しました。金利が上がっているのに通貨が弱いという組み合わせは、通常「その国の財政が疑われている」ときに現れます。
- 中央銀行の独立性への疑念。日銀が政治的な事情で利上げを遅らせるのではないか、という懸念が市場の一部にあります。これは金利差の数字には表れませんが、通貨の評価には効きます。
- 構造的な資金の流れ。新NISAなどを通じた家計の外貨建て資産への投資は、金利差とは無関係に、毎月一定量の円売りを生み続けます。金利が多少動いても、この流れはすぐには止まりません。
つまり、いまの円安は「金利差で説明できる部分」と「それ以外の部分」の合計です。日銀が利上げしても止まらないのではないか、という懸念の正体はここにあります。利上げは前者にしか効かないからです。
49月会合の争点と、そのあと
日銀の公式な説明は一貫しています。基調的な物価上昇率が2%に向かって定着していくのに合わせて、緩和の度合いを調整していく。展望レポートの見通しも「2026年度後半から2027年度にかけて2%程度になる」というものです。この説明の枠組みの中に、為替は直接は登場しません。
一方で市場は、円安対策としての利上げを読んでいます。この認識のズレが、9月18日の結果発表と総裁会見をどう解釈するかを難しくします。
| シナリオ | 内容 | 起きやすい反応 |
|---|---|---|
| 利上げあり | 1.25%へ引き上げ | すでに8割程度織り込まれているため、円高の反応は限定的になりやすい。会見の内容次第。 |
| 据え置き | 1.0%を維持 | 織り込みの巻き戻しが起きやすく、円安方向に振れやすい。介入警戒が再燃する。 |
| 利上げ+ハト派的な会見 | 上げるが次を示さない | 材料出尽くしと受け取られ、かえって円安が進む展開もありうる。 |
エコノミストの見方も割れています。野村證券は2026年12月と2027年6月の利上げをメインシナリオとしつつ、より速いペースのリスクシナリオとして2026年10月からの利上げも想定しています。第一生命の熊野英生氏は、ドル円が162〜165円台へ移行すれば、日銀は円安対策として年内の早い時期に利上げせざるを得なくなると指摘しています。
投資家として見ておく数字
上場企業が2026年度の想定為替レートとしているのは1ドル=152円前後です。輸出企業は150円前後、輸入企業は155〜160円前後とする例が多くなっています。8月31日午前のドル円は159.80円前後ですから、現状はまだ多くの輸出企業にとって想定より円安で、業績の上振れ要因が残っている水準です。円高方向に振れても、152円あたりまでは業績見通しの前提が崩れるわけではありません。
もうひとつは長期金利です。市場では「長期金利3%」という水準が語られ始めました。これは住宅ローンの固定金利、企業の借入コスト、そして国の利払い費に直接つながる数字です。財務省は2027年4月から始まる会計年度の当初予算で、債務の返済費用として過去最高となる36.6兆円を見込んでいると報じられています。
- 9月利上げの織り込みは3割から8割へ急上昇した。きっかけは物価指標ではなく、7月末の円買い介入とみられる動きだった。
- 日米の金利差は半分近くまで縮んだのに円は最安値を更新した。財政懸念・中銀の独立性・構造的な円売りという、金利差の外側の要因が効いている。
- 利上げが効くのは金利差の部分だけ。だから「利上げしても円安は止まらないのでは」という懸念には、それなりの根拠がある。









