長期金利の上昇要因は日銀だけではない|利上げ期待・財政・海外の3層
中央銀行ウォッチ
2026年8月17日、新発10年国債の利回りが一時2.930%まで上昇した。1996年9月以来、およそ30年ぶりの水準である。多くの記事はこれを「日銀の早期利上げ観測」で説明する。だが利上げ観測だけでは、同じ日に20年債や30年債がそれ以上に売られた理由も、米国の30年債が同時に約20年ぶりの高さにいる理由も説明できない。長期金利は単一の材料で動く数字ではなく、性質の違う三つの力が重なった結果である。本稿ではその三層を切り分け、どの層が動いたときに株式・為替がどう反応しやすいのかまで落とし込む。
1. 8月に何が起きたのか
まず事実関係を時系列で確認する。日銀は6月15〜16日の金融政策決定会合で政策金利を0.75%程度から1.00%程度へ引き上げた。1995年以来31年ぶりの水準である。7月30〜31日の会合では据え置いた。潮目が変わったのはその直後、7月31日の日米協調による円買い介入だった。
介入後の8月4日、ベッセント米財務長官が日銀の追加利上げへの期待を改めて示唆する。為替は当局が支え、金融政策でも日本側が動くべきだという構図が市場に共有された。さらに8月中旬には「早ければ9月17〜18日の会合で1.25%程度へ引き上げることを想定している」という観測報道が流れる。債券は売られ、8月17日に10年債利回りは2.930%を付けた。前週末からの上昇幅は0.055%で、政策金利見通しを映しやすい2年債利回りも1.6%台に乗せている。
※報道で確認できた観測日の値のみを等間隔に並べたもので、横軸は時間に比例しない。連続した日次系列ではない点に注意。出所:日本経済新聞、三井住友DSアセットマネジメント、ブルームバーグの各報道より作成。スマートフォンでは図を横にスクロールできる。
重要なのは、その後の戻り方である。8月20日には10年債利回りが前日比0.06%低い2.83%まで低下した。同じ日、30年債は0.095%低い3.985%、20年債は0.085%低い3.69%と、年限が長いほど大きく低下している。上昇のときも下落のときも、超長期ゾーンのほうが振れ幅が大きい。この「年限ごとの動き方の差」こそが、三層を切り分ける最初の手がかりになる。
2. 長期金利は「二段階」で分解する
債券の教科書では、長期金利は次の二つの合計として表される。
- 予想政策金利パス:これから10年間、政策金利がどう推移すると市場が予想しているかの平均
- タームプレミアム:長期債を持つこと自体のリスクに対して、投資家が上乗せで要求する利回り
前者は中央銀行がある程度コントロールできる。後者はできない。財政リスク、物価の不確実性、国債の需給、投資家のリスク許容度といった、中央銀行の外側にある要因で決まるからだ。
この区別が実務的に効くことを示す数字がある。財務省の国債管理政策に関する研究会に提出された資料では、タームプレミアムが2025年の10年金利上昇幅の約65%を占めたと推計されている。つまり前年の金利上昇は、その3分の2が「日銀がどれだけ利上げするか」以外の理由で起きていた。利上げ観測だけを追いかけていると、金利変動の大半を見落とすことになる。
そこで本稿では、このタームプレミアムをさらに「国内の財政・需給」と「海外金利との連動」に割り、合計で三層として扱う。
※段1の比率は財務省・国債管理政策の研究会資料に示された2025年の推計値。段2の配分は本稿による概念上のイメージであり、推計値ではない。「その他」には物価の不確実性や流動性リスクなどが含まれる。スマートフォンでは図を横にスクロールできる。
3. 層① 利上げ期待——9月はすでに大半が織り込まれた
第一層は最も分かりやすい。翌日物金利スワップ(OIS)市場は、8月中旬時点で9月会合での利上げ確率を8割弱まで織り込んでいた。日本経済新聞も8月20日時点で「9月利上げ予想が8割に迫る」と報じている。さらにOISは、2027年1月までに2回の利上げをほぼ完全に織り込んでいる。
ここで投資家が注意すべきなのは、8割織り込まれた材料は、実現しても金利をそれほど動かさないという点だ。9月に利上げが実施されても、それ自体は追加の上昇材料になりにくい。焦点はすでに「いつ上げるか」から「どこまで上げるか」、すなわちターミナルレート(利上げの到達点)に移っている。
※各社の公表資料・報道を基に作成。野村證券は9月利上げをメインシナリオに前倒しし、ターミナルレートを1.75%(2027年4月到達)としつつ、より速いリスクシナリオAで2.00%、遅いリスクシナリオBで1.50%を置いている。BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は最終到達点を2.5%、第一生命経済研究所の藤代宏一氏は2027年末に2.25%を見込む。予想は変更されうる。
見てのとおり、到達点の見方は1.50%から2.50%まで1%ポイントの幅がある。デュレーション(金利感応度)が長い債券ほど、この幅の差が価格に効く。株式投資家にとっても、ターミナルレートが1.75%で止まる世界と2.50%まで行く世界とでは、割引率も銀行の利ざやも住宅ローン負担も別物になる。
なお、利上げ期待の強さは短中期ゾーンに最も強く出る。8月21日には10年債と2年債の利回り差が約3カ月ぶりの小ささまで縮んだ。カーブがフラット化しているということは、直近の金利上昇のうち相応の部分が第一層、つまり利上げ期待の側から来ていたことを示している。
4. 層② 国内の財政・需給——超長期ゾーンが語ること
第二層は、日銀ではなく政府と市場の需給が決める部分である。ここを読むのに最も適した材料が、超長期債の入札結果だ。
8月18日の5年債入札は、需要の強弱を映す応札倍率が2025年6月以来の高水準となり、市場では強めの結果と受け止められた。ところが2日後の8月20日、20年債入札は様相が異なった。応札倍率は3.98倍と前回の4.52倍を下回り、入札の不調を示すテール(平均落札価格と最低落札価格の差)は17銭と、前回の0銭から大きく開いた。最低落札価格99円85銭は市場予想の100円00銭を下回っている。日本経済新聞はこれを「やや低調」と評した。
中期ゾーンには買い手がいるが、超長期ゾーンには買い手が戻ってこない。これが第二層の症状である。背景として市場関係者が挙げるのは、積極財政を志向する高市政権の下での国債増発懸念と、政府がインフレ抑制にどこまで本気なのかが見えないことだ。BNPパリバ・アセットマネジメントのストラテジストは、高市首相が円安や金利、金融政策について発言していないことが不透明感を生み、投資家が超長期債への投資を躊躇していると指摘している。
需給面ではもう一つ、日銀自身が買い手から降りつつあるという構造変化がある。日銀は国債買い入れの減額計画を進めており、2026年4〜6月以降は四半期ごとに2000億円程度ずつ減らし、2027年1〜3月に月2兆円程度とする計画だ。政府が国債を増発する一方で、最大の買い手が撤退していく。この二つが重なる限り、超長期ゾーンのプレミアムは容易には縮まない。
次の試金石は目前にある。財務省は9月1日に10年債、9月3日に30年債の入札を予定している。9月会合の直前に、市場が政府の資金調達をどう評価しているかが数字で出る。
5. 層③ 海外金利との連動——日米は双方向になった
第三層は日本の外側にある。8月18日、米10年債利回りは一時4.74%台と2025年1月以来、約1年7カ月ぶりの高水準を付けた。30年債は5.33%台と19年ぶりの水準にある。8月13日の米30年債入札では落札利回りが5.216%と2001年以来の高さとなった。ドイツの30年債発行利回りも15年ぶりの高水準にある。
米国側の材料は日本と驚くほど似ている。連邦債務が40兆ドルを突破したという財政面の不安に加え、AIインフラの建設資金を調達するテック企業の社債発行が信用市場に大量の供給を加えている。米財務省は長期債の買い入れ消却(バイバック)を倍増する方針を打ち出したが、8月19日に金利が低下したのは1日だけで、20日には10年債が4.71%、30年債が5.26%へ戻した。当局の技術的な対応では、構造的なタームプレミアムの拡大は止まらないということだ。
従来、この連動は「米金利が上がると日本の金利も上がる」という一方向で語られてきた。だが2026年夏の局面では方向が逆になりうる。ブルームバーグは8月24日、来週の日本国債入札が米長期金利の抑制を図る米財務長官にとっての試練になり得ると報じた。9月1日と3日の日本の入札で需要の弱さが示されれば、米国債市場に波及する恐れがあるという見立てである。日本の財政と、米国の財政が、同じタームプレミアムという回路でつながり始めている。
6. 三つの層をどう見分けるか
ここまでの整理を、日々の投資判断に使える形にまとめる。どの層が主導しているかによって、同じ「金利上昇」でも株式と為替の反応は正反対になりうる。
| 主導する層 | 主に動く年限 | カーブの形 | 円相場 | 株式への含意 |
|---|---|---|---|---|
| 層① 利上げ期待 | 2年〜5年 | フラット化(10年−2年が縮む) | 円高方向に働きやすい | 銀行・保険に追い風。高PER株には割引率の上昇が逆風 |
| 層② 国内の財政・需給 | 20年〜30年 | スティープ化(超長期が突出) | 金利上昇と円安が同居しやすい | 市場全体に逆風。いわゆる「悪い金利上昇」 |
| 層③ 海外金利との連動 | 10年〜30年が同時 | 日米が同方向に動く | 日米金利差の変化次第 | 世界株と連動。日本固有の材料では説明できない |
実務上、最も手軽な判定材料は10年債と2年債の利回り差である。金利が上昇しながらこの差が縮んでいれば層①主導、逆に20年債や30年債の対10年スプレッドが開いていれば層②主導、米30年債と同じ方向に同じ幅で動いていれば層③主導、という順に確かめていけばよい。冒頭で触れた「上昇のときも下落のときも超長期の振れ幅が大きい」という8月の特徴は、層②の存在感が相応に大きいことを示唆している。
円相場の反応も分かりやすい手がかりになる。利上げ期待で金利が上がるなら円は買われるのが自然だ。金利が上がっているのに円安が進むなら、市場は日本の財政や政策の信認そのものを値引きしている可能性がある。
7. 9月17〜18日会合の分岐
では9月会合をどう迎えるか。利上げ自体は8割織り込まれているため、注目すべきは実施の有無よりも、声明と総裁会見が「その次」をどう示すかである。
※各分岐の記述は、これまでの市場反応のパターンから想定されるものであり、実際の値動きを予測・保証するものではない。
背景として押さえておきたいのが、経済指標の食い違いだ。4〜6月期の実質GDPは前期比年率1.1%増にとどまり、個人消費の弱さが意識された。一方で7月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は前年同月比1.8%上昇と、6月の1.6%から伸びが加速している。景気は強くないが物価は上がっている——この組み合わせは、中央銀行にとって最も判断の難しい状況である。
物価加速の主因のひとつが原油高であることも見落とせない。中東情勢を受けたエネルギー価格の上昇がCPIを押し上げ、それが利上げ観測を通じて長期金利を押し上げるという経路が働いている。この点については別稿(原油高と「悪い金利上昇」——日本のインフレ構造を分解する)で詳しく扱う。
8. まとめ
本稿の要点
長期金利は「予想政策金利パス」と「タームプレミアム」の合計。財務省資料の推計では、2025年の10年金利上昇幅の約65%はタームプレミアム側だった。
層①(利上げ期待)は9月分がすでに8割織り込み済み。争点は時期ではなく到達点で、各社予想は1.50%〜2.50%と1%ポイントの開きがある。
層②(国内の財政・需給)は8月20日の20年債入札にはっきり出た。応札倍率は低下し、テールは0銭から17銭へ拡大。9月1日の10年債、3日の30年債入札が次の試金石。
層③(海外連動)はもはや一方向ではない。日本の入札結果が米長期金利に跳ね返る可能性が指摘されている。
見分ける順番は、10年−2年スプレッド → 超長期の対10年スプレッド → 米30年債との同期性。加えて、金利上昇と円安が同居していないかを確認する。
「3%は通過点」という市場関係者の声も報じられている。だがその3%が、日銀の正常化が進んだ結果として到達する3%なのか、財政の信認が値引きされた結果としての3%なのかで、投資家が取るべき行動はまったく異なる。数字ではなく、数字の中身を見る。それが「金利のある世界」に入った日本市場での基本動作になる。
関連記事:地政学リスクウォッチ|中東情勢と原油価格の伝達経路/エヌビディア決算とAI相場の期待値管理
本記事は公開情報に基づく情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。記載した数値・見通しは執筆時点(2026年8月24日)のもので、その後変動する可能性があります。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。
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