配当性向1,175%の意味|テクノクラフト(622A)が上場前に配った11.08億円
テクノクラフト(622A)は9月18日に東証スタンダードへ上場する、新潟県新潟市の会社なのだ。ゴルフカートナビで国内シェア63%を持ち、年間解約率0.63%という手堅い顧客基盤がある。吸収金額14.4億円の小型案件で、目立った悪材料もなさそうに見える。ただ目論見書の「配当政策」の欄を開くと、上場前に何があったかが書いてある。
この記事でわかること
- 2023年6月に実施された11.08億円の配当が何だったのか
- その配当を受け取ったファンドが、今回どう動くのか
- 営業利益が増えているのに経常利益が減っている理由
1. 案件の骨格
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 上場日/市場 | 2026年9月18日/東証スタンダード |
| 仮条件 | 630円〜650円(想定価格630円を3.2%上回る) |
| 上場後発行済株式数 | 4,686,000株 |
| 公募/売出/OA | 426,000株/1,500,600株/288,900株 |
| オファリングレシオ | 47.3% |
| 吸収金額 | 13.9億円〜14.4億円 |
| 想定時価総額 | 30.5億円(仮条件上限) |
| 主幹事 | SMBC日興証券 |
| 1単元の必要資金 | 6.5万円 |
| 通期の業績予想 | 未公表 |
1995年創業。ゴルフカートの運行管理システム「マーシャルナビ」を主力に、幼稚園・保育園向けの「コミュなび」、スマートウォッチを使った「健康見守り」の3事業を展開している。全国2,096コースのうち1,148コースに導入済みで、シェアは63%。
2. 上場前に、純資産の4割が配当で出ている
目論見書の配当政策の欄に、こう書かれている。2023年5月9日の株主総会の決議を経て、2023年6月30日に1,107,600千円(普通株式およびA種種類株式1株につき1,300円)の配当を実施した、と。
※ 有価証券届出書「主要な経営指標等の推移」より筆者作成。2026年9月期は第3四半期末時点。
金額にして11億760万円。この配当の前後で、純資産は25.3億円から15.2億円へ減っている。前期末の純資産の43.8%が、外に出た計算になる。総資産も30.6億円から18.7億円へ38.8%減った。
では、その年にそれだけ稼いだのかというと、そうではない。
※ 当期純利益94,258千円、配当総額1,107,600千円をもとに筆者算出。配当は1株1,300円×852,000株。
2023年9月期の当期純利益は9,426万円。対して配当は11億760万円で、配当性向は1,175.1%になる。稼いだ利益の11.7倍を配ったということだ。原資は過去に積み上げてきた利益剰余金である。
初心者向けの読み替え
これは違法でも不適切でもないのだ。会社に貯まっていたお金を株主に返しただけで、手続きも正当に踏んでいる。ただ「投資家が買う前に、会社の体力の4割が抜けている」という事実は、株を買う側から見れば知っておきたい情報になる。
会社の説明はこうだ。2020年11月に新生TC成長支援投資事業有限責任組合が大株主となり、以降、組織改革や販売体制の再構築、新規成長分野への投資を共同で進めてきた。この配当は、その成果を踏まえた利益還元に加え、より一層の資本効率向上を図る観点から実施した——と記載されている。
3. その配当を受け取った側が、今回全株を売る
新生TCは2020年11月に株式譲受で大株主となり、2023年6月の配当を受け、そして2026年9月18日の上場と同時に、保有する1,152,200株の全株を売り出す。上場後の保有はゼロになる。
誤解のないように書いておくと、PEファンドが企業価値を高めて回収するのは、それ自体は正常な仕事なのだ。実際、この6年で売上は17.3億円から23.7億円へ伸び、上場できる体制も整った。ファンドが入ったことによる貢献はあったはずだ。
ただ配当と株式売却の両方で回収し切ったあとを、これから買う投資家が引き継ぐという構図にはなっている。
※ 仮条件上限650円で筆者算出。会社に入る資金は有価証券届出書記載の差引手取概算額220,409千円。OAは貸株人P&C株式会社からの借株。
放出される2,215,500株のうち、売出の76.8%は新生TCの分だ。公募比率はOAを含めると19.2%にとどまる。会社に入る資金は差引手取で約2.2億円で、既存株主が受け取る売出代金の約9.75億円より小さい。
もうひとつの売出人であるP&C株式会社は、社長の栂坂昌業氏および親族が議決権の過半数を持つ資産管理会社で、保有2,040,000株のうち17.1%を売り出す。OA288,900株の貸株人もP&Cだ。
4. 1株あたり利益は3期連続で減っている
※ 有価証券届出書の参考指標(1株につき1,000株および5株の分割を第28期期首に遡及適用した数値)による。2026年9月期は第3四半期累計で、通期の数値ではない。
株式分割を遡って調整すると、1株あたり利益は60.73円(2022年9月期)→ 22.13円 → 22.24円 → 15.07円(2025年9月期)と、3期連続で減っている。
ここで問題になるのが、会社が通期の業績予想を公表していないことだ。ブックビルディング時点で、どのEPSを使ってPERを計算すればいいのかが定まらない。
| どのEPSで見るか | EPS | PER(650円) |
|---|---|---|
| 2025年9月期の実績 | 15.07円 | 43.1倍 |
| 2026年9月期 3Q累計 | 39.87円 | 16.3倍 |
| 3Q累計を単純に年換算 | 53.16円 | 12.2倍 |
43.1倍と12.2倍では、判断がまるで変わる。この幅を投資家自身が埋めなければならないのが、この案件のいちばん扱いにくいところだと思う。
5. 営業利益は増えたのに、経常利益は減っている
直近の数字を見るときに、もうひとつ注意したい点がある。
※ 有価証券届出書の損益計算書より。2026年9月期は第3四半期累計。
2025年9月期、営業利益は5,859万円から8,999万円へ53.6%増えた。ところが経常利益は1億2,037万円から1億704万円へ11.1%減っている。
差を作っているのは営業外収益だ。2024年9月期には協力会社からの一過性の受取補償金4,384万円が計上されていた。これが2025年9月期には1,349万円まで減っている。
2026年9月期の3Q累計でも、営業利益2億3,460万円に対して経常利益2億5,188万円と、1,728万円の営業外収益が乗っている。中身は受取補償金、地元自治体からの開発支援補助金、従業員互助会の解散に伴う資産受贈益などだ。いずれも毎年出るものではない。
見るべきは営業利益のほう
経常利益は本業以外の収支も含むのだ。この会社のように一過性の営業外収益が年によって大きく変わる場合、本業がどう推移しているかは営業利益で追うほうが実態に近い。営業利益で見れば、5,859万円 → 8,999万円 → 3Qで2億3,460万円と、確かに改善している。
6. セグメントを開けると、事情が見える
※ 2025年9月期。セグメント間取引を含む。営業損益は全社費用配賦前のため、単純合計は全社の営業利益と一致しない。依存比率は有価証券届出書「事業等のリスク」の記載による。
ゴルフ関連事業は売上20.6億円に対して営業利益3.58億円、利益率17.4%と立派だ。コミュなび事業も9.8%で黒字。この2つで会社は成り立っている。
問題は健康見守り事業で、売上3,049万円に対して営業損失7,360万円。売上の2.4倍の損失が出ている。2026年9月期の3Q累計でも売上4,105万円に対し損失7,895万円と、赤字幅は縮んでいない。しかも設備投資は3Q累計で1億5,304万円と、この事業に集中的に資金が入っている。
将来の第3の柱として育てる方針なので投資が先行するのは当然だが、公募で入る2.2億円の使い道の一部もここに向かう。SaMD(医療機器プログラム)の承認取得関連費用に5,000万円、スマートウォッチ仕入に1,802万円が計画されている。
調達面では、製品の組立を本間電機工業に約9割、タブレット端末等の仕入を華為技術日本に54.7%依存している。届出書はこれを「発生可能性は低いが、顕在化した直後の影響度は大」と評価し、約1年分の在庫または発注残を確保する運用で備えているとしている。
7. ほかに目に留まった3点
① 流通株式時価総額が上場維持基準に近接している。届出書のリスク項目に「当社の流通株式時価総額は、東京証券取引所スタンダード市場が定める上場維持基準に近接しております」と明記されている。上場前からこれを書く例はめずらしい。抵触して改善できなければ上場廃止になるため、届出書も影響度を「極めて重大」としている。
② 社長は80歳、後継者計画は未開示。創業者の栂坂昌業氏は1946年5月生まれ。届出書は特定の経営者への依存をリスクとして挙げつつ、「現時点において具体的な後継候補者の選定時期や詳細なサクセッションプランの開示は行っておりません」としている。経営環境に応じて柔軟に選択できる状態を優先する、という説明だ。
③ 潜在株式は9.8%あるが、すべて公開価格より上。ストックオプションは417,800株で発行済の9.8%。ただし行使価額は第1〜3回が660円、第4回が940円で、仮条件上限650円だとすべて権利行使する意味がない水準にある。上場直後の希薄化圧力はない反面、従業員へのインセンティブとしては機能しにくい状態になっている。
8. 事業そのものは、地味に良い
ここまで慎重な話が続いたので、強い点を書く。
- カートナビの年間解約率0.63%。いちど入れば10年単位で使われる。極めて低い
- 国内シェア63%。2,096コース中1,148コースに導入済み。後発が崩すのは難しい
- リカーリング比率が上昇中。全社で59.5%、ゴルフ関連で55.1%。80%を目標に掲げている
- 顧客単価が伸びている。カートナビのARPAは2022年9月期の84.6万円から96.9万円へ
- ゴルフ市場は堅調。2025年の全国ゴルフ場利用者数は8,760万人で、コロナ前比+7.7%
ハードとソフトを一体で提供する「HESaaS」型のモデルで、いちど導入されると更新のたびに追加機能を売り込める。地味だが崩れにくい構造だと思う。
一方で、国内ゴルフ市場は人口減少で長期的には縮小が見込まれる。届出書もこれをリスクの筆頭に置いている。シェア63%を取り切っている以上、国内での伸びしろは限られる。だから海外(タイ・フィリピン・マレーシアなど3,000コース)と健康見守り事業に賭けているわけだが、どちらもまだ立ち上げ段階だ。
9. 初値をどう考えるか
※ 公開価格は2026年9月10日決定予定。本図は条件の整理であり、初値を予測・保証するものではない。
| プラス材料 | マイナス材料 |
|---|---|
| 1単元6.5万円で買いやすい | 同日に4社が上場し資金が分散 |
| 仮条件が想定価格を3.2%上回った | オファリングレシオ47.3%は高め |
| 3Q累計で前期通期の営業利益を超過 | 通期の業績予想が未公表 |
| シェア63%・解約率0.63%の基盤 | 売出の76.8%がファンドの全株売却 |
| 潜在株式は行使価額が公開価格超 | スタンダード市場は人気化しにくい |
筆者の見立てとしては、公開価格の前後で決着する公算が大きい。1単元6.5万円という買いやすさと3Qの数字は効くが、同日4社上場という日程と、売出主体の需給が上値を抑える。仮条件が上限630円→650円と小幅にしか上振れなかったことも、需要がそこまで強くなかったことを示している。
10. まとめ
- 2023年6月に11.08億円の配当。配当性向1,175.1%で、純資産の43.8%が外に出た
- その配当を受けたファンドが今回全株売却。売出1,500,600株の76.8%が新生TCの分
- 公募比率はOA込みで19.2%。会社に入るのは約2.2億円、既存株主へは約9.75億円
- EPSは3期連続で減少。60.73円→22.13円→22.24円→15.07円
- 通期予想が未公表。PERは見るEPS次第で43.1倍にも12.2倍にもなる
- 経常利益には一過性の営業外収益が乗る。本業は営業利益で追うほうが正確
- 健康見守り事業は売上の2.4倍の赤字。公募資金の一部もここへ向かう
- 事業自体は堅い。シェア63%、解約率0.63%、リカーリング比率59.5%
テクノクラフトは、ゴルフカートナビという狭いが崩れにくい市場を押さえた、地味に良い会社なのだ。それは事実だし、否定する必要はない。ただ上場前の3年間に何が起きたかは、業績のグラフを見ているだけでは出てこない。目論見書の配当政策の欄は、たいてい数行しかなくて読み飛ばしがちなのだけど、この案件ではそこがいちばん重要な情報だったのだ。
同じ9月案件では、公募比率1.04%のKOMPEITO(618A)、公募ゼロで放出79.7%のオリバー(619A)、のれん減損を追ったSkyfall(625A)を分析している。9月のIPOラッシュ全体の需給はこちらの記事で扱った。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。数値は有価証券届出書(2026年8月14日提出)等の公開情報に基づく筆者の集計・試算であり、正確性を保証するものではありません。公開価格は2026年9月10日に決定予定で、本記事の試算は仮条件上限650円を前提としています。PERの算出に用いた年換算EPSは筆者による単純計算であり、会社の業績予想ではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。
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