
2026年7月16日、日経平均株価は前日比1,850円69銭安の6万6,900円82銭で引けた。下げ幅は一時2,200円を超えた。きっかけは、中国のメモリー大手・長鑫存儲技術(CXMT)の上海上場だ。まだ1枚も追加のチップを出荷していない会社の「上場」が、東京市場のAI・半導体株を殴り倒した格好になる。
ただ、この日売られたものの中身を並べていくと、市場が織り込んだ「供給が増える」という物語と、CXMTが実際に増やすものとの間に、はっきりしたズレがあることが見えてくる。この記事では、そのズレを一段ずつ分解する。
この記事の要点
- CXMTが増産するのは汎用DRAMであり、いま値上がりの震源になっているHBMではない
- CXMTの上場届出書には、HBM関連の設備投資の記載が一切ない
- この日大きく売られたキオクシアは、そもそもDRAMを作っていない(NANDメーカー)
- CXMTの調達資金の約58%は設備投資に向かう。半導体製造装置にとっては、理屈のうえでは需要要因ですらある
7月16日に何が起きたのか
まず事実関係を押さえる。日本経済新聞によると、16日の東京市場ではAI・半導体関連を中心に売りが広がり、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソフトバンクグループ、キオクシアの4銘柄だけで日経平均を1,500円ほど押し下げた。半導体株の比重が大きい韓国のKOSPIが7%を超えて下落する場面もあり、東京の半導体関連への売り圧力を強めた。
前日の米国市場では、フィラデルフィア半導体株指数(SOX)が大幅に下落していた。その主因として報じられたのが、CXMTの上海証券取引所での新規株式公開(IPO)を控え、調達資金による生産能力増強で競争が激化するとの懸念から、半導体メモリーのマイクロン・テクノロジーが大きく下げたことだ。
つまり因果の連鎖はこうなる。CXMTのIPO → マイクロン安 → SOX安 → 東京の半導体株安。この鎖の一番左にあるのが「CXMTが供給を増やす」という観測である。ではその観測は、どこまで正確なのだろうか。
CXMTとはどんな会社か
長鑫存儲技術(CXMT)は2016年設立の中国最大のDRAMメーカーだ。設計から製造までを自社で一貫して行うIDM(垂直統合型)モデルを採用しており、長年「空白」とされてきた中国の国産DRAM分野を担う中核企業と位置づけられている。
今回の上場の規模は大きい。上海証券取引所のハイテク企業向け市場「科創板(STAR)」への上場に向け、公開価格を1株8.66元に設定。公募株式数は66億8,808万株で、オーバーアロットメント分を含めると76億9,130万株となり、最大で666億元(約1兆6,000億円)を調達する。上場予定日は7月27日で、アジアで今年最大規模のIPOとなる見通しだ。
市場での位置づけも急速に変わってきた。調査会社Counterpoint Researchによると、2026年第1四半期の世界DRAM市場の売上高シェアは、サムスン電子が38%、SKハイニックスが29%、マイクロン・テクノロジーが22%で、上位3社で約89%を占める。CXMTのシェアは前年同期の3%から8%へ急上昇し、世界第4位のDRAMメーカーに躍り出た。
1年で3%から8%へ。この伸びを見れば、市場が身構えるのも無理はない。問題は、その8%がどの層に効いているのかである。
図1:DRAMの供給構造と、CXMTの増産が届く場所
注:ウェーハペナルティの比率、CXMTの届出書の記載、HBM量産目標は各社報道・調査会社推定に基づく。
DRAMとHBMは何が違うのか
ここが今回の核心なので、丁寧に整理する。
DRAMは「作業机」
DRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリ)は、電源を切るとデータが消える揮発性メモリーだ。CPUやGPU、AIアクセラレータが「作業中」に使う高速メモリーで、パソコンやスマートフォンのメインメモリーもこれにあたる。机の広さのようなもので、広いほど一度にたくさんの書類を広げられる。
HBMは「DRAMを積み上げた特注品」
HBM(高帯域幅メモリー)は、実はDRAMの仲間である。DRAMのチップを何層にも積み上げ、GPUのすぐ隣に置いて、データを一気に流し込めるようにした特注品だ。DDR5やLPDDR5もDRAMの仲間で、HBMもDDRも「DRAMという大きな家族」の中の別々の製品と考えるとわかりやすい。
ここで重要なのが、図1のBに示したウェーハペナルティだ。HBMは複雑な積層構造と先端パッケージングを使うため、ウェーハ1枚からHBMを作ると、従来のDRAMウェーハ3枚分の生産能力が失われる。JPモルガンのリポートは「効率制約」としてこの現象を指摘しており、ウェーハ生産能力が増え続けても、ウェーハ1枚あたりの実際のビット生産量の伸び率はむしろ低下する。HBMの比率が高まるほど、全体のビット供給の伸びは抑えられる。
つまり、いま世界的にDRAMが足りないのは、需要が増えたからだけではない。メーカーが利益率の高いHBMに生産能力を寄せたぶん、汎用DRAMの供給が細ったという構造的な理由がある。実際、サムスン電子、SKハイニックス、マイクロンの3社は、HBMへの移行を名目に汎用DRAMの供給を人為的に制限したとして、2026年6月に米カリフォルニア州の連邦地裁で集団訴訟を起こされている(3社は約90%のDRAMシェアを持つ)。訴訟の帰趨はともかく、「HBMへのシフトが汎用DRAM逼迫を生んだ」という因果自体は、市場の共通認識になっている。
CXMTはHBMを作れるのか
ここが「供給が増える」という観測の検証ポイントになる。手がかりは3つある。
1つ目は、届出書だ。CXMTが上場のために提出した証券届出書には、HBM設備投資に関連する内容が全く含まれていなかったことが確認されている。1兆6,000億円を調達する会社が、いま最も儲かる製品への投資を書いていない。これは相当に強いシグナルである。
2つ目は、量産スケジュールだ。サムスン電子とSKハイニックスがHBM4の量産競争に突入している一方、CXMTはHBM3Eの量産目標時期を来年に設定している。半導体市場調査会社SemiAnalysisは、昨年末時点でCXMTの全生産能力(月26万5,000枚)のうち、HBMの割当量は約5,000枚で全体の2%に満たないと推定した。
3つ目は、装置の制約だ。先端半導体の量産に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置に対する米国の輸出規制が、決定的なボトルネックとして作用しているとの指摘がある。業界関係者は、CXMTが開発したと推定されるHBM3の8段製品の総合歩留まりを25%程度と推定しており、現時点では中国以外の顧客への納品は容易ではないと評価している。
技術格差についてのアナリストの見方は幅がある。「HBMなどの先端メモリー分野でサムスン電子・SKハイニックスと2〜3年の技術格差がある」とする分析もあれば、「CXMTの技術力は依然として3〜4世代遅れており、短期的な市場救済には限界がある」とする見方もある。数字の幅はあるが、方向はどれも同じだ。CXMTは当面、HBMの供給者にはならない。
実際、証券業界では今回の上場が韓国メモリーメーカーに与える悪影響は限定的と分析する声が多い。野村のグレーターチャイナ半導体アナリスト、ドニー・テン氏はAI業界の前例のない需要を挙げ、メモリーの供給は依然として不十分だと指摘。AI需要が構造的に堅調で、ハイパースケーラーが設備投資を続ける限り、市場全体は最終的にこのIPOによる流動性の吸収を消化できるとの見方を示している。
誤読の二段目:売られた銘柄の中身
ここからがもう一段おもしろいところだ。7月16日に日経平均を押し下げた4銘柄を、事業内容で並べ直してみる。
- キオクシアホールディングス
- NANDフラッシュのメーカー。DRAMもHBMも持たない。CXMTが増産するDRAMとは、そもそも製品が違う。
- 東京エレクトロン
- 半導体製造装置。メモリーメーカーが設備投資を増やせば、売上が増える側。
- アドバンテスト
- 半導体検査装置。同上。
- ソフトバンクグループ
- AI関連の投資会社としての性格が強く、AIセンチメント全体に連動しやすい。
キオクシアがDRAM供給増の観測で売られるのは、製品カテゴリーの取り違えである。もちろん「メモリー株全体のセンチメント悪化」という説明はできる。できるが、それは業績の話ではなく、気分の話だ。
装置株はさらに逆説的になる。韓華投資証券は、CXMTの純調達資金のうち58.4%(172億3,000万元)が設備投資に配分された点に注目し、これはSMIC(中芯国際)を上回る規模で、2026〜2027年のエッチング・蒸着・洗浄工程の設備需要を刺激し、中国の半導体装置サイクルを強化するだろうと分析している。
つまりCXMTの上場は、装置メーカーにとっては受注要因の可能性がある。それが装置株の下落材料として使われた。この日の値動きは、少なくとも一次的には、ファンダメンタルズよりも連想で動いている。
では、どこに本当のリスクがあるのか
「今日の下げは誤読だから買い」と言いたいわけではない。誤読を剥がした先に、別のリスクが残っているからだ。図2に、ここから先の分岐を整理した。
図2:CXMT上場後のシナリオ分岐
注:シナリオは筆者による整理であり、確率の予想ではない。投資判断は自身の責任で行ってください。
とくにシナリオ3は軽視できない。CXMTという分かりやすい犯人が見つかったせいで、もっと地味で大きなリスク——AIへの設備投資が本当に採算に合うのか——が視界から外れる、というのが一番あぶない。この論点は、同じ7月16日にTSMCが発表した決算のほうがはるかに雄弁だった。そちらは別記事で扱う。
初心者が今日から確認できること
- その会社は何を作っているかを、ニュースの前に確認する。「メモリー株」は便利な括りだが、DRAMとNANDは別の商売である。
- 「供給が増える」と聞いたら、どの製品の供給かを聞き返す。汎用DRAMとHBMは同じ家族の別製品で、需給も価格も別々に動く。
- 調達資金が生産能力に変わるまでの時間を数える。IPOの日に工場が建つわけではない。
- 連想で下げた日と、業績で下げた日を区別して記録する。区別しておくと、次に似た日が来たときの判断材料になる。
まとめ
7月16日の1,850円安は、「中国が安いメモリーを大量に作る」という物語で説明された。だが、CXMTが増やすのは汎用DRAMであって、いま値上がりの震源になっているHBMではない。届出書にHBM投資の記載はなく、HBM3Eの量産目標は来年で、HBM割当は生産能力の2%に満たない。そして売られた銘柄の筆頭は、DRAMを作っていないNANDメーカーだった。
もちろん、市場が誤読しているからといって、株価が明日戻る保証はない。誤読でついた価格も価格である。ただ、「なぜ下がったか」を正確に言語化できていれば、次に同じ物語が来たときに、値段だけを見て慌てずに済む。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記載したデータは公表資料および報道に基づいていますが、正確性を保証するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。





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